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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)54号 決定

抗告人 西阪よしこ

訴訟代理人 伊藤増一

主文

本件抗告はこれを棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙(一)の通りである。よつて按ずるに

一、本件記録によれば、別紙(二)の各土地(以下本件土地と称する。)につき被抗告人が所有権移転の本登記をしたのは、

被抗告人の父大向茂平が昭和三一年一二月始め頃申立外門川辰次郎に貸与していた金一〇万円につき弁済を求めたところ、門川はその支払ができず、本件土地の外地の土地建物と共に、申立外福徳相互銀行に対し門川から負担する債務のため、昭和三〇年一一月一一日附代物弁済予約上の請求権保全仮登記か附してあるその権利を譲受けて貰い目的物件たる本件土地を以て代物弁済したいとの意向を示したので、茂平はこれを容れ、昭和三一年一二月五日右三者合意の上、当時門川の同銀行に対する金二九万円の債務中本件宅地相当分として金一七万円と利息金七、〇〇〇円合計金一七万七、〇〇〇円を門川のため同銀行に代位弁済して右金二九万円の債権中金一七万円分の債権元利金及び本件土地についての前記仮登記上の権利を被抗告人名義で譲受け同年同月二〇日附記による移転登記を経由し、その代物弁済として本件土地所有権の移転を受けて昭和三三年五月一七日仮登記に基く本登記をしたものと認定するのが相当であるから、同銀行の門川に対する債権の一部が被抗告人に移転したのは代位弁済による法律上の移転というよりはむしろ右契約により債権譲渡がなされたものと認むべきである。しかしながら、債権譲渡に第三者に対する対抗要件を欠くことを有効に主張しうるいわゆる「正当な利益を有する第三者」はその債権の二重譲受人、債権差押権者、債権質権者など当該債権そのものにつき本来の債権者と取引関係にある者を指称し、本件抗告人のように門川に対し債権を有しこれに基き本件土地につき仮差押をなし次いで競売申立をしたにすぎない者を含まない。のみならずおよそ債権譲受人が譲受につき第三者に対する対抗要件を具備していなくとも、同一債権につき他に第三者に対抗要件を備えた取得者ができ従つて譲受人が当該債権を喪失した場合は格別、然らざる限り譲受債権者か代物弁済予約上の権利を行使した場合その代物弁済は有効であつて債権譲受人か目的物の所有権を取得するにつき妨げあることなく、抗告人が「正当な利益を有する第三者」に当らないことは前記の通りでありまた被抗告人か代物弁済予約上の権利を行使した時までに債権を喪失したことについては主張も立証もないから、代物弁済による本件土地所有権の移転の基本たる債権の被抗告人への移転か抗告人に対抗できないことを理由とする本件抗告は失当である。

二、(一)所有権移転請求権は物権ではないけれども、これを不動産登記法第二条第二号により仮登記すれば排他性を持つことにおいて物権に準ずる効力を持つことになり、この権利の対抗力は通常の債権譲渡の対抗要件とは別に登記によることになるのであるからこの点についての抗告人の主張は理由がない。

(二)仮登記がそれに基き本登記がなされた暁、仮登記の日に遡つて順位保全の効力を有するのは、不動産登記法の規定によるのであつて、登記簿に登記原因発生の日附の記載があることによるのではないから抗告人主張のような不合理なことは起る余地はない。

(三)仮登記上の権利(本件でいえば所有権移転請求権)を移転し、附記登記によりその登記がなされたときは該権利の譲受人は前主の権利をそのまま対世的に承継するものである。本件において前認定の通り前記銀行の債権は金二九万円であり本件土地の外にも他の土地建物が同時に代物弁済予約の目的物とせられ、所有権移転請求権保全仮登記がなされていたが、抗告人のなした仮差押より前である昭和三一年一二月五日銀行、債務者門川、被抗告人(父茂平が代理して)の三者が合意して金二九万円中金一七万円の元利金と残りとに分離し前者につき本件土地を代物弁済物件とし、その所有権移転請求権を抗告人に移転して同年同月二〇日附記登記した以上、右銀行の権利の一部の移転により被抗告人は銀行が有した権利をそのまま承継したのである。右に反する抗告人の見解は独断にすぎない。

(四)従つて抗告人が本件土地につき仮差押決定をえてその旨登記したのが同年同月一〇日まで、前記被抗告人のなした附記登記より前であつても当初銀行のした仮登記(昭和三〇年一一月一一日)よりおくれている以上、抗告人において優先権を主張しえないことは当然である。

(五)仮差押後仮差押債務者は目的物を仮差押債権者との関係で有効に処分しえないことは抗告人主張の通りであるけれども、本来仮差押は、仮差押債務者に対し目的物の処分を禁ずる効力を持ち、従つて債務者の処分の相手方もまた仮差押債権者に対する関係で当該処分の効力を主張しえないが、債務者及びその処分の相手方以外の者に対しては何等仮差押の効力が及ぶことなく、第三者たる前記銀行がこれまた第三者たる被抗告人に対し、本件土地所有権移転請求権を移転するにつき毫も影響を及ぼすものではない。

三、本件全記録によるも抗告人主張の通謀虚偽表示の事実を認定することはできない。

してみれば当裁判所の右判断といくらか相違するところはあるが、原審が被抗告人の本件異議を理由あるものとして競売開始決定を取消し同申立を却下したのは結局において正当であり本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し主文の通り決定した。

(裁判長裁判官 田中正雄 裁判官 宅間達彦 裁判官 井上三郎)

抗告の理由

原審裁判所は相手方の申立てた競売開始決定に対する異議を認容し前記の如き決定をなしたが、右決定は以下述べる理由により全部不服であるから抗告に及んだ次第である。

一、原決定は、代位弁済により取得した、債務者に対する債権は、法律上の移転であつて、譲渡によるものではないから、譲渡の対抗要件を必要としない旨判示しているが、弁済につき、正当な利益を有しない第三者の代位弁済(所謂任意代位)においては、債権者の同意がなければ、これをすることが出来ず、しかも債権譲渡の場合と同様に通知又は承諾を以て対抗要件とせられていることは、民法四九九条により、同法四六七条が準用されていることによつて明らかである。

而して、右のような債権の移転を第三者に対抗する為には、確定日附ある証書による通知又は承諾を要することも論を俟たないところである、ところで本件において、相手方は、件外門川辰次郎に対し、無担保債権を有するに過ぎない者であつて、無担保債権者が債務者に代つて、弁済をする正当な利益を有しないものであることは、当然であるから、右のような地位にある相手方か弁済により債権者たる件外福徳相互銀行に代位して、その債権の効力の移転を受けたことを第三者に対抗し得る為には、前掲法条により確定日附ある証書による通知又は承諾を必要とするといわねばならぬ。而して相手方か右の如き第三者対抗要件を備えていないことは原決定も認定しているとおりであるから、結局相手方は第三者(抗告人が対抗要件の欠缺を主張するにつき正当な利害関係を有するものであることは、原審に於て主張したとおりである)たる抗告人に右債権の移転を以て対抗し得ないものというべきである。

以上述べたことは、代位弁済によつて法律上当然に移転する抵当権の如きも、これを第三者に対抗する為には第三債務者が抵当不動産を取得し、その登記を了する前に「代位の附記登記」をしなければならないこと、(学説判例上異論のない見解)と対比すれば、更に明白になると信ずる。

二、次に原決定は、所有権移転請求権保全の仮登記上の権利の譲渡については、その旨の登記をなすを以て足り、確定日附ある証書による通知又は承諾を要せずして第三者に対抗し得る旨判示しているが、抗告人は以下述べる様に右の様な権利の譲渡についても民法第四六七条第二項の適用があり、仮に、登記を以て足ると解しても右附記登記の時から仮登記としての順位保全の効力を生ずるに止まるもの(即ち、その後に新なる仮登記がなされたと同一の効果を生ずるに止まる)と解するから、原決定の右の如き見解は直ちに首肯することが出来ない。

(一) 原決定は、「所有権移転請求権保全の仮登記上の権利」なる概念を用いているが、これは原決定が、附記登記に当初の仮登記の時に遡つてそれと全く同一の効力を認める為に用いられた技巧的な用語であつて本件において譲渡の対象となつたものは、畢竟債権たる「所有権移転請求権」以外の何ものでもない。而して、それが債権である以上、その譲渡を以て第三者に対抗し得る為には確定日附ある証書による通知又は承諾を要することは論ずるまでもないところである。原決定が右と異り、前掲のような見解をとる理由として説明しておられるところは、抗告人においては到底首肯することが出来ない。

(二) 或は、原決定は登記簿には登記原因発生の日附の記載があることから前掲の如き見解をとられるのであろうか、果してそうだとすれば、関係者の通謀により第三者の蒙ることあるべき不測の損害を防止せんとする趣旨に出でた民法四六七条第二項の法意は全く没却せられるものといわねばならぬ。蓋し現行登記制度上登記原因発生の日附は登記申請人の通謀によつて如何様にも遡及せしめることが可能であるからである。

(三) 仮に原決定のように「所有権移転請求権」譲渡の第三者対抗要件としては登記を以て足ると解しても右譲渡の附記登記があれば、恰も仮登記と本登記との関係の如く附記登記の順位か当初の仮登記の時に遡ると解することは出来ない、即ち仮登記を本登記に改める場合にも、右と同様「附記登記」なる用語を用いるが所有権移転請求権譲渡の附記登記の場合には「所有権移転請求権」それ自体の移転実質的には右附記登記の際に新なる仮登記がなされた場合と何ら異なるころはないのである。しかしながら現行登記制度上「仮登記の仮登記」なる制度が認められない為に附記登記なる制度を用いているに過ぎない。

従つてこの附記登記の順位に関する効力は現実の物権変動の場合と何ら異る所なく(即ち遡及することなく)唯それが仮登記なる為直ちに対抗力を生じないという点に於て異るというに止まるからこれと仮登記を本登記に改める際の附記登記とを同一視することは許さるべくもない。

以上のとおりであるから右の如き附記登記権利者が後日右仮登記を本登記に改めたとしてもその順位は当初の仮登記にまで遡及せず附記登記の時まで遡及するに過ぎないものと解するものである。

(四) 而して、本件においては、原決定も認定している様に、相手方が件外福徳相互銀行より所有権移転請求権を譲受けた旨の附記登記がなされた日(昭和三十一年十二月二十日)より前である、同年同月八日抗告人は大阪地方裁判所岸和田支部の仮差押決定を得て、同月十日これが登記を了しているのである。

そして、右仮差押以前に所有権移転請求権の譲渡についての確定日附ある証書による通知又は承諾がないことは、原決定も認めるところであるし、附記登記か仮差押登記後なされているのであるから、いずれにしても、相手方が所有権移転請求権の譲受を以て仮差押債権者たる抗告人に対抗し得ないことは明白である。従つて後日になした相手方の本登記もその順位は前述のとおり附記登記の時まで遡及するに止まると解されるから、相手方はその所有権取得を以て抗告人に対抗することを得ないものといわねばならない。

(五) 原決定の説示される如く「所有権移転請求権」保全の仮登記ある物件について取引その他権利関係に入る者は後日右仮登記を本登記を改められた際その所有権を主張せられるに至ることは当然予想し得るべき地位にあることは勿論である。

しかしながら本件では抗告人が仮差押をなした当時の仮登記権利者は件外福徳相互銀行であつたのであるから、同銀行が後日本登記に改めてその所有権を主張することは仮差押債権者たる抗告人においても当然甘受しなければならないか仮差押後右所有権移転請求権を譲受けた第三者たる相手方が本登記に改めてその所有権を主張することまでも甘受せねばならぬいわれはない。

蓋し仮差押債権者に対する関係では、仮差押後仮差押債務者はその目的物を、有効に移転し得ないと同様に目的物の所有権移転請求権をも有効に移転することは出来ないのであるから、このことは仮差押後目的不動産を譲受けた第三者が仮差押債権者に対しその取得を以て対抗し得ないこと考え併せれば容易に理解出来る筈である。

三、仮に右の主張が認められないとしても本件「所有権移転請求権」の譲渡は、譲渡人福徳相互銀行、譲受人相手方及び債務者門川辰次郎の通謀による虚偽告示であつて無効である。このことは、抗告人の仮差押直後右譲受の附記登記をなし(しかもその契約の日を遡及させ)又競売開始決定の直後本登記に錯誤ありとして、それを本来の本登記のように更正登記していること等に徴して明らかである、従つてそれに基く本登記も亦無効たるを免れない、即ち相手方等はかかる通謀虚偽表示によつて恰も本件不動産が債務者門川の所有に属しないように見せかけ巧妙に抗告人の執行を妨害せんとするものである。

四、以上のとおり相手方は、本件不動産の所有権取得を以て抗告人に対抗し得ないというべきであるから、相手方の本件異議は理由なきものとして棄却さるべきであると信ずる。よつてこれを認容した原決定は不当であるから、これを取消して相手方の異議申立を棄却するとの決定を求める。

(別紙目録は省略する。)

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